マンション断熱改修はなぜ難しいのか

マンション断熱改修はなぜ難しいのかを象徴するイメージ写真

遅れてきた集合住宅の断熱化

断熱リフォーム市場の活況は、これまで主に戸建住宅を舞台に語られてきました。しかし日本の住宅ストックの約4割は共同住宅であり、マンション・アパートの断熱性能向上なくして住宅ストック全体の省エネ化は実現しません。鉄筋コンクリート造のマンションは気密性が高く戸建より暖かいと思われがちですが、実際には単板ガラス+アルミサッシの窓を残す物件が大半で、冬の窓際の冷えと結露、夏の西日による過熱など、開口部を中心とした温熱環境の問題を抱えています。

特に1990年代以前に建てられたストックでは、外壁・屋上の断熱も薄く、最上階の夏の暑さや北側住戸のカビ・結露が慢性化している例が少なくありません。省エネ基準適合義務化や省エネ性能表示制度によって住宅の断熱性能への関心が高まる中、集合住宅の断熱改修は「残された最大のフロンティア」として、リフォーム業界・管理会社・行政のいずれからも注目され始めています。

市場規模の観点でも、集合住宅の潜在需要は無視できません。分譲マンションのストックは約700万戸に達し、その多くが窓の断熱改修余地を残しています。戸建向けの窓リノベ市場が補助金の浸透で成熟に向かう中、リフォーム事業者・窓メーカーの双方が次の成長余地としてマンション市場の開拓に力を入れ始めているのが現在の局面です。

共用部と専有部という特有の制約

マンションの断熱改修を難しくしている最大の要因は、区分所有という所有形態です。マンションでは、住戸の内部(専有部)は各区分所有者が自由に工事できますが、窓サッシ・ガラス・玄関ドア・外壁・バルコニーは原則として共用部にあたり、個人の判断で交換することができません。「窓が寒いから交換したい」と思っても、外窓の交換は管理組合の決議事項であり、一住戸だけが勝手に実施することはできないのです。

このため、個人ができる断熱改修は自ずと「専有部の内側からできる工事」に限定されます。具体的には、内窓(二重窓)の設置、既存サッシを活かしたガラス交換(管理規約による)、壁・天井の室内側への断熱材付加、床の断熱リフォームなどです。建物全体の性能を引き上げる外壁断熱や全戸のサッシ更新は、管理組合による計画修繕の枠組みでしか実現できず、この「個人でできる工事」と「組合でしかできない工事」の二層構造が、戸建とはまったく異なる市場特性を生んでいます。

なお、2021年のマンション標準管理規約の改正では、窓ガラス・サッシの断熱改修について、管理組合が速やかに実施できない場合に区分所有者が自らの責任と負担で実施できる旨を細則で定められることが明確化されました。国もマンションの開口部断熱を後押しする姿勢を示しており、規約面の環境整備は着実に進んでいます。それでも実務では管理組合への確認・申請が前提となるため、集合住宅の断熱改修に取り組む事業者には規約・法制度の知識が不可欠です。

内窓が主役になる理由と補助金

こうした制約の中で、マンション断熱改修の主役となっているのが内窓の設置です。内窓は既存サッシの内側(専有部側)に取り付けるため、多くの管理規約のもとで個人の判断により実施でき、1窓あたり約1時間という短工期で完了します。断熱に加えて防音効果が大きいことも、幹線道路沿いや航空経路下の物件で支持される理由です。

先進的窓リノベ事業などの省エネ補助金は集合住宅も対象としており、マンション住戸の内窓設置は補助対象工事の代表例として件数を伸ばしてきました。マンションは戸建に比べて窓面積が小さく、工事が窓に集中するため、補助金を使った際の自己負担が小さく済むという利点もあります。リフォーム事業者にとっては、1棟のマンションで施工実績ができると口コミで同じ建物内の受注が連鎖しやすいという、集合住宅ならではの営業特性も報告されています。管理組合が一括して内窓設置を斡旋する「共同購入型」の取り組みも各地で始まっており、個人単位の工事を束ねて効率化する動きが出てきました。

管理組合の合意形成と大規模修繕

建物全体の断熱性能を引き上げるには、管理組合による計画的な改修が不可欠です。近年、外壁改修や屋上防水といった大規模修繕のタイミングに断熱改修を組み込むアプローチが注目されています。足場を掛ける機会に外壁断熱や屋上断熱防水を併せて実施すれば、単独で行うより大幅にコストを圧縮できるからです。全戸のサッシを一斉に高性能窓へ更新する「サッシ更新工事」も、共用部の計画修繕として実施する事例が増えています。

ただし、その実現には総会での合意形成という高いハードルがあります。断熱改修は劣化の修繕と異なり「今すぐ必要な工事」とは認識されにくく、費用負担に対する便益(光熱費削減・快適性・資産価値)を住民に分かりやすく示せるかが成否を分けます。管理会社や設計事務所が長期修繕計画に省エネ改修を位置づける動き、国や自治体がマンション向けの省エネ改修支援を拡充する動きなど、合意形成を後押しする環境整備が進みつつあり、コンサルティング能力を持つ事業者にとっては新たな事業機会となっています。

資金面では、修繕積立金の範囲で断熱改修まで賄えるマンションは多くなく、補助金や融資の活用が現実的な鍵となります。マンション共用部リフォーム向けの融資制度や、省エネ改修を対象とした支援メニューを組み合わせ、長期修繕計画の中で資金計画ごと設計する ―― そうした提案ができる事業者・管理会社・設計者のチームが、これからのマンション断熱改修市場を主導していくと考えられます。

賃貸の断熱格差とこれから

集合住宅の断熱を語る上で避けて通れないのが、賃貸住宅の問題です。持ち家に比べて賃貸住宅の断熱性能は総じて低く、「断熱格差」とも呼ばれる状況が生まれています。背景には、改修費用を負担するオーナーと光熱費削減の便益を受ける入居者が異なるため、オーナーに断熱投資の動機が働きにくいという構造問題(スプリット・インセンティブ)があります。

変化の兆しもあります。省エネ性能表示制度により賃貸募集時に断熱性能が表示されるようになれば、断熱性能は空室対策・家賃競争力の要素となり、オーナーにとって投資回収の道筋が見えてきます。「冬暖かい部屋」を差別化ポイントに掲げる賃貸リノベーションや、賃貸集合住宅向けの省エネ設備補助の活用も広がり始めました。空室リスクの高まる築古物件ほど、断熱改修による差別化の効果は相対的に大きく、賃貸経営の観点から断熱投資を評価する視点が不動産業界にも浸透し始めています。集合住宅の断熱改修は制約が多い分、制度・金融・管理の知見を組み合わせた事業設計が求められる市場であり、参入障壁の高さがそのまま先行者の競争力になる分野と言えるでしょう。市場全体の動向は断熱リフォーム市場の拡大背景、制度の詳細は省エネ補助金制度の全体像をご覧ください。

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